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容疑者Xの献身(小説&映画)

先に小説を読んでから、DVDを見たよ。
どっちも素晴らしかった。面白かった。いやあいいもの見た。
(ネタばれありあり注意)

まずは小説のこと。

この物語の主人公となる石神の描写から入るんだけど、その容姿がブサイクで、数学の能力は突出してるけど、性格が暗くて他者を見下してて…というダメ人間っぷりをすんなり理解させてくれる導入からして、もう面白くなる予感がひしひしと。やっぱエンターティメント小説って変人がでてきてナンボというか。

石神が超天才の頭脳を駆使して物語を進めていくところも面白くてぐいぐい読ませる。途中完全にだまされて「あれれ、もしかしてストーカーに、いやでもまさか」とほんとに心配してしまった。

で、ガリレオ湯川が珍しく悩んで苦しんで、彼なりの結末と草薙との長年の友情関係を天秤にかけるほど迷う姿にフクヤマを脳内でイメージして萌えというか。いや、やっぱ美形は苦しむ姿が美しいとかなんとか。…と、妻が申しておりました(逃)

小説のほうでは「靖子」は単なる美女としか描写されてなかったように思える、というか少なくとも僕の印象にはあまり残らなかったんだけど、後から考えたらこの人ものすごく身勝手で愚かで、それでいて「ああ、こういう女いるよね」という、「女」のいくつかの典型のうちの一種だった。

トリックについては、最近僕の興味があまりそこにないせいもあって別段なんの文句もない(完全にだまされたし)。そのへんうるさい人はちょっと言いたいこともあるかもなーと思ったけど。「いや天才ならそこまで手間かけなくてももっと効率よくできんじゃねーの」とか。

でもストーカーと思わせといて実はネタだったりとか、湯川の台詞「警察はなぜ次の日のことばかり聞くんだろうと思ったでしょう」(うろ覚え)の衝撃とか、「おわ!」と驚かされること2回。いや3回か。なんとそのためだけに死体を用意するのか!っていうところも。たっぷり楽しんだ。

僕、安いかなあ。最近どんどん安くなってるような。まいっか。お得じゃん。


そんで、映画のほうですよ。

もう、小説を読んであんまり面白かったんで、ガリレオのドラマが大好きだった奥さんに「すっげえ面白かった」言ってたら借りてきてくれたので一緒に観たんだけど。
映画もスゴイ。面白い!

観る前に心配だったのは、
・石神ってずんぐりむっくりのブサイク設定だけど堤真一てカッコイイよね…どーすんだろ
・ドラマでは草薙があんまり出てこなかった代わりに柴崎コウ(薫、なんだけど、文字で読んでないから名前があんまり頭に入ってない)がいたけど、湯川が苦悩の末天秤にかけなきゃいけないほど深い関係じゃないよなあ
の2点だったんだけど、両方とも見事に鮮やかに解決されててもう、うれしかった。これ誰が偉いの?監督の西谷弘さん?脚本の福田靖さん?わかんないけど偉い。

石神のブサイク設定については、まず石神が柔道部の顧問云々っていうところはすっぱり諦めてズングリ体型についてはクリア。湯川と雪山登山して二人の友情関係と石神の体力の裏づけも地味にクリア。そして、なんといっても堤真一のバケモノ的演技力で、原作では豊富にあったモノローグも全然無いのに、無口な設定だから台詞も最小限なのに、見事にうだつのあがらない、頭いいけど何考えてるかわからない、暗くて危ないっぽい石神が出来上がってた。ますます堤真一が好きになる。

そして湯川と草薙の友情関係という、原作ではサブだけど結構大きなストーリーの柱を、映画化にあたってはバッサリ削っちゃった思い切りが素晴らしい。言われてみれば全部を2時間に無理やり収めてゴチャゴチャするより、石神と靖子の物語に集中したほうがいいに決まってる。そして小説読んでない人に摘出手術の跡を感じさせない技術はやっぱりすごいんだと思う。
小説読んだ人にとっては柴崎コウが「先生の苦しみを私も引き受けます」とか言っちゃってるのがえらく唐突に思えるけど。いやアンタいつのまに女房気取りやねんって。

でもいいの。そんなのは小さいことだから。だってこの映画は9割がた、石神と靖子の物語なんだから。湯川側はオマケ。

映画では靖子の松雪泰子が、美人で愚かで身勝手で、女性に嫌われそうな(女性のダメな面を見せ付けてくる)女性を豊かに演じていて、原作の靖子は確かにこういう人なんだろうけどびっしり描写はされてなかったっていう部分にばっちり肉付けしていた。すごい。すごいバカ女だ。

そしてラストシーンがもう。湯川の揺さぶりもあって、靖子がすべてをぶち壊しにしにきちゃって、石神が慟哭する、まさに「慟哭」としか書きようがない堤真一の演技に、ぜんぜん共感できないのに感動してしまう。

あそこは、石神はぶち壊されたことに怒ったり嘆いたりしてるんじゃない。だって、石神は靖子にはなにをされてもいいんだから。そして現実の生活には既に絶望し終わっている自分が最後にやったことが所詮自己満足でしかないことも当然承知の上で、刑務所で天井のシミをなぞって4色問題解きながら、靖子の幸せのために捨石になった自分という幻想に酔っていたかったのに、それが幻想だっていうことも承知していたのに、その幻想すら許されなかったという絶望があの慟哭なんだ。
あと「ラストで想いが通じてよかった(涙)」とか言ってる人はどうかお幸せに生きてください。イ㌔

という感想が、小説を読んだ後よりも映画を見た後のほうが鮮やかに湧いた。石神も靖子も、「ちゃんと」愚かだ(だって二人とも相手のためにって言いつつ自分のことしか考えてない)ってことが、ダメさ加減をリアルに表現する役者の演技ですんなり落ちてきたからだと思う。
巧い役者さんをふんだんに使って原作と同じ話なのに違うところで大きく感動させる、こういうのもいいね。

どっちを先に読んでも観ても面白がれる。「デスノート」が取った方法論(結末が違う!)も面白かったけど、こっちも良かった。


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