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小説の舞台装置

「恋空」、映画化されてテレビCMもやってて話題になってすごい。amazonのレビューがまた「2」の連中にぐちゃぐちゃにされてたり(ほんとあの人達は・・・)大変だ。

あ、うん、もちろん読んでない。

さて恋空はおいといて、物語の舞台装置としての死について。きっとあちこちで語られているだろうけど、自分なりに整理。推理小説での死は全然別のモノなので省く。

主人公にとって(読者にとって)重要な登場人物が死ぬと、

(1)登場人物の数が減る
当たり前だけど、物語は広げすぎると書きにくい。狭く深く、のほうが書きやすいし読みやすい。
(2)残った人達の結束を強める
例えばチームの一員が死んで(イソップゥゥゥ!)あとのメンバーがすごい頑張ったりとか。お母さんが死んで父と娘がとても仲良しだったりとか。(僕はPapa told meが大好きです)
(3)激しい行動や人物の性格変化を起こす
物語を動かすカンフル剤としてとても有効。エアリス…!
(4)新しい人間関係
恋愛をメインにした物語で恋人が死ぬ=次のキャラ登場
(5)主人公への共感を強める
これも当たり前。「可哀想…!」


まだあるかな。とりあえずこんなところで。

で、誰を死なすか、というと、
(a)親、祖父母
古来よりメジャー
(b)兄弟
主人公にとって重要な位置を占めることが少ないのでそんなに死なない?
(c)仲間の一員
物語の中心に仲間(パーティ)がある場合
(d)親友
友人関係が重要な位置を占める物語は若者向けに多い
(e)恋人
ケータイ小説で定番
(f)子供
古い小説に多い。小説が大人の娯楽だったからか。

これぐらいかな。

たぶん昔から、若者向けの物語では仲間や親友や恋人はよく死んだと思われる。若者にとってそれらは重要なものだから。ただ、その比率は仲間→親友→恋人、という風に変わってきたのじゃないかと思う(思うだけ。知らない。)

恋人が死ぬ、というのは、他の人物の死とは残される人数が違う。恋人が死んだ場合、主人公はほぼ間違いなく一人になる。ほかのパターンでは残された人たちが結束を深めて人間関係の物語が続くけど、恋人が死ぬ場合は、そのイベントの後は「私」の物語になる。


物語上での死の出来事に共感する読者は、「可哀想…!」という気持ちの裏で、同時に主人公に憧れも抱く。Papa told meを好きな読者には「お母さんが死んでカッコイイお父さんと仲良し」という境遇に無意識的に憧れる心が多かれ少なかれ生まれる。恋人が死ぬ物語に人気がある最近というのは「恋人が死んで次の人に言い寄られる私」「恋人が死んで独りぼっちだけど頑張る私」への憧れが強まってきているのかな、と考えてちょっと嫌な気持ちになった(根拠無し)。


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