プログラム作る人(職業、趣味問わず)の偉さを計るのは、コードやロジックの美しさなんかじゃなくて、「何を作ったか」「それによって誰が幸せになったか」だと思うのです。
職業で作る人の場合、多くの人が「美しい」と思うコードを書くことが大事だと言われるのは、それによってそのコードの利用者=数週間後の自分とか、他のチームメンバーとか、数ヶ月後に引き継いだ担当者とか、が、幸せになるからです。芸術品じゃないんだから美しさそのものに価値があるわけじゃないのです。
さらに、僕たちみたいな受託開発してる零細システム屋の場合は、開発者の延べ人数とアプリケーション利用者(画面でポチポチ操作するユーザー)の人数が数倍〜数十倍しか違わないとか、下手すると同じぐらいとか、もっと下手すると利用者が一人とか二人とか…企画が間違ってるやんかそれ、みたいなことが往々にしてあったりするため、開発者を幸せにできるコードの値打ちは相対的に高くなります。もちろん利用者をきちんと幸せにするのは前提としたうえで。(でもその値打ちって誰も換金してくれないかも。いいけど。)
こうした意味で、(見たこと無いけど)仮にMicrosoft Windowsのコードがぐちゃぐちゃに汚かったとしてもWindowsの開発者たちは超!偉大だし、世界中の何十万人(ぐらいはいたんじゃない?)を幸せにしたPiroさんのTBEも偉大なのです。

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