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「教育が重要だ」=「最近の若い奴らはなってない」か?

タイトルが東スポ風です。そして「とうすぽ」をちゃんと変換できるATOKに拍手を送りたい。「もーむす」も「モー娘。」になるしな。

所得格差拡大論の誤謬 (ニュースを斬る):NBonline(日経ビジネス オンライン)

日本がグローバルな経済競争と格差拡大トレンドに抗して行うべきことは、第1に若い世代の教育である。第2に技術革新の結果陳腐化した労働力の再訓練である。

いろんな理由から、なんとなく教育っていうのがとても大切だという気はするんだ。するんだけど、なんか違和感がある。

なんかね、
「いまの日本がだめな(になりつつある)のは教育が悪いのだ」
っていう意見の行間から、どうしても
「もっと優秀な兵隊を育てて大人になったらお国のために戦わせるのだ(すごい戦ってる俺みたいに or 俺は戦わないけどな)」
とか、
「教育が悪いせいで教育を受けた若い連中がだめになったせいで日本がだめになった(=俺たち悪くないのに)」
とかいう臭いが漂ってくるんですよ。

いや、そう思ってること自体は、それでもいいか。教育っていうものに込められたいろんな人たちの思いが全部マージされて薄気味悪い塊になってる感じが嫌なのかもしれない。

もっと「教育」…、いや、「学校での勉強」に対して思い入れを捨てたほうがいいんじゃないかと思う。

「教育は何のためにあるのか」っていうとなんだか年寄りが「まっとうな社会常識を云々」とか語り出しちゃうイメージがするけど(てめぇは学生時代に火炎瓶投げてたくせにな)、「学校の勉強は何のためにあるのか」なら、もうちょっと肩の力を抜いて話が出来るように思う。先人の到達した知性をパクることでもっと先にいくためだ、とか、人生を豊かにするためだ、とか、そういう話になる。よね。

「教育」から「学校での勉強」を抜いた残りは、あれだよ、余分な脂だから炭火か何かで適度に落としちゃえばいい。落として落ち切らない脂は旨みとか肉汁とか呼ばれてありがたがられるんだ。

ちょうど、歳を取ると学校時代の記憶からまず最初に勉強の内容が抜け落ちて、次に今の自分に不必要な記憶が抜け落ちて、キラキラしたいい感じの記憶だけがぼんやり残るのみたいなもんかな。


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