国語 の記事

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2015/01/13 「小説家になろう」で気に入ってる作品を紹介するよ!
最近、小説家になろうの小説をいろいろ読んでます。なんか朝日ソノラマとか角川スニーカーとか読んでた頃を懐かしがって読み始めたらハマった。まだ執筆中の作品が多いので、最新話まで読んだら他のを漁って、前に読んだ作品が更新されたらそっちも読んで…とやってたらいつの間にか20作ぐらい並行して読んでる状態に…。もう脇役の名前とか覚えてられなくて自分でもなにやってんだか謎。「異世界召喚/転生ばっかりかよ!」「俺TUEE...
2011/09/14 好かれる利他的
そりゃそんなの嫌われるだろ。と思ったので。ワシントン大学の心理学の実験。実験に参加した者は心理学専攻の学部生たちで、コンピューター・ネットワークを介して他の学生4人と一緒に、あるゲームをするよう求められた。この「他の学生4人」というのは本当は実在せず、コンピューターのプログラムによるものだった。ゲームでは、参加者1人1人が(実在のプレイヤーも架空のプレイヤーも)、1ラウンドごとにポイントの貯えを与えられ...
2011/02/10 子供を学校や幼稚園にやる時心がけたい7つのこと
モンスターペアレントのことがまた載ってたので見た。やっぱ子育て中としては気になるところ。モンスターペアレント実態赤裸々 無理難題と理不尽全18例掲載 : J-CASTニュース学校や幼稚園、保育園で我が子が被った不利益(と、本人が信じるもの)に対して、イーブン(と、本人が信じ略)になるまで、あるいはそれ以上何かを取り立てようとするとか、取り立てられないならイーブン(と、略)になるまで相手に不利益を被らせようと...
2010/10/18 老いること
現在34歳、年寄りからは「まだ若い」と言われ、若者からは「おじさん」と言われるぐらいの年齢に、いつのまにかなってる。なんとなく、2~3~40年後とかにどんな風になっていたいかな、と思った。いつまでも若々しくいたいか?そうでもない。ちゃんと歳を取っていたい。アンチエイジングっていう往生際の悪い言葉嫌い。抵抗しなくていいじゃん。女性だって、ちゃんと歳を取っていけばいいと思うんだけど。50になってもお肌ツルツル...
2010/07/02 三歳児神話なんてへんなネーミングつけるから頭が悪い感じになるんだよ
三歳児神話(さんさいじしんわ)とは、子供は三歳頃まで母親自身の手元で育てないとその子供に悪い影響があるという考えを指す。三歳児神話 - Wikipedia「三歳児神話は神話にすぎない」とされると、母親と子どもとの間が離れていくことに拍車がかかるのである。これこそが問題だと思う。「3歳児神話は神話にすぎない」は本当か?「三歳までは母親の手元で愛情をたっぷりあたえないと子供がおかしくなる」と主張する向きも、「手元...
2010/03/10 「森ガール」ってなんだろうと思ってGoogle先生に聞いてみたんだ
画像検索結果もちろん自分なりに検索ワードに工夫を入れたことは言うまでもない。工夫しなかった検索結果はこちら...
2010/02/03 オリジナリティとか自分勝手とか
内田センセイのブログはだいぶ長いこと読んでるので「おぉ」と思うことは少なくなってきたのだけど、今日「あ。ほんとだ。」と思ったので記録。つねづね申し上げていることだが、他人を出し抜いて利己的にふるまうことで自己利益を得ている人間は、そういうことをするのは「自分だけ」で他人はできるだけ遵法的にふるまってほしいと願っている。 高速道路が渋滞しているときに路肩を走るドライバーや、みんなが一列に並んで順番を...
2010/01/19 イケダンの隣に、私がいる!
コンビニの雑誌棚でちらっと見かけて、なんじゃそらと思ったVERY今月号の特集。イケダンの隣に、私がいる!のけぞるわ。思わずフォント大きくなっちゃった。VERYって雑誌、女性購読者数ナンバー1らしいっすよ。へー!そして思わず検索しちゃった。「イケダン」ってwイケダンとは・・ 仕事をバリバリこなしながら、家庭を大切にしているイケてる旦那のこと。仕事をバリバリこなしながらも家族をおろそかにせず、妻や子供を大切にし...
2009/10/29 理系の人々
理系のみなさんに大人気の理系の人々がこちらに移転したそうですね。思い当たるコトがありすぎて困る漫画なので目が離せません。大好きです。ところで最近我が家では奥さんがなぜかFinal Fantasy Xをやり直しています。(やりながら)「うちの薔薇子(娘の仮名)をインフルエンザのワクチン打たせようと思ってmixiの『子供を持つ母親の・・・』系のコミュで調べてたら、ひどいんだよ」「どしたの」「『心配だわー』って愚痴ばっか...
2009/08/06 現状を変える意志
イケてない現状を変えるには。とりあえず「なんだこのダメな状態は!」って叫んでみる。叫んだ時点で周りから自分自身への信頼度がある閾値を超えているなら、「どうしたらいい?」と頼られ、権限が委譲される。そっから実際にイケてる状態までもっていくにはまたたくさんの血と汗と涙が混じり合って池となり結晶したり空と~ぉ~君と~の~あ~いだ~にはぁ~(間違い)で、それはまだ楽な話。「なんだこのダメな状態は!」って叫...
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「小説家になろう」で気に入ってる作品を紹介するよ!

最近、小説家になろうの小説をいろいろ読んでます。なんか朝日ソノラマとか角川スニーカーとか読んでた頃を懐かしがって読み始めたらハマった。まだ執筆中の作品が多いので、最新話まで読んだら他のを漁って、前に読んだ作品が更新されたらそっちも読んで…とやってたらいつの間にか20作ぐらい並行して読んでる状態に…。もう脇役の名前とか覚えてられなくて自分でもなにやってんだか謎。

「異世界召喚/転生ばっかりかよ!」「俺TUEEEばっかりかよ!」「またハーレムかよ!」とかの文句をよく見かけるけど、いいじゃん別に。

主人公が強いとか女の子いっぱいとか、類似点ばっかりあげつらってても楽しくないし。話が面白いかどうかと、設定の要素が他とかぶってるかどうかなんて関係ないし。

異世界召喚はもうジャンルってことで。推理小説に「また最初に死体があるやつかよ!」とか「また探偵が主人公かよ!」って言う人はもうあんまりいなくなったわけで。
そういえば、誰だか知らないけど、世界で二番目に探偵モノ書いた人は叩かれただろうねー。「パクリやんけ!」って。それはともかくとして。

ランキングは面倒くさ甲乙つけがたいので、読んでる中でも気に入ってる作品を順不同で挙げますよ。


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好かれる利他的

そりゃそんなの嫌われるだろ。と思ったので。

ワシントン大学の心理学の実験。

実験に参加した者は心理学専攻の学部生たちで、コンピューター・ネットワークを介して他の学生4人と一緒に、あるゲームをするよう求められた。この「他の学生4人」というのは本当は実在せず、コンピューターのプログラムによるものだった。

ゲームでは、参加者1人1人が(実在のプレイヤーも架空のプレイヤーも)、1ラウンドごとにポイントの貯えを与えられる。これらのポイントは、手元に取っておいてもいいし、チームの共有財産として提供しても良い。

チームに差し出したポイントは、額面が2倍になる。参加者はその後、他の4人から供出されたポイントのうち、4分の1までを引き出して個人の貯えに加えることが認められる。ただし、共有財産にポイントを残しておくことで、グループ全体にボーナス点が付く可能性が増すと説明され――ボーナス点の詳細は説明されない――、引き出すポイントを4分の1未満に抑えることが推奨される。ゲームが終了した時点で、参加者たちはそれぞれ、ポイントを実際の商品券に交換できる。
「利他的な人」は嫌われる:実験結果 « WIRED.jp Archives
で、ややこしいからまとめると、
  • 被験者には5人でやるゲームって言うけど実は被験者以外の4人はロボ
  • ロボのうち一人は妙に自分勝手で自分だけ得しようとする
  • 一人は妙にわざわざ損してみんなに得させるような行動をする
さて被験者はどのプレイヤーと次も一緒にゲームしたいか聞いてみた。

自分だけ得しようとするヤツとは当然みんなやりたくないって言う。でもわざわざ損しようとするヤツともやりたくない、と半分以上の人が答えたらしい。
その理由は、「あの人のせいで自分が悪く見える」とか、あの人はルール違反をしているというものだった。利己的でないプレイヤーに、何か裏の目的があると疑う参加者もいた。
「利他的な人」は嫌われる:実験結果 « 2 « WIRED.jp Archives
そりゃそうでしょ。面白いほうの発言「あの人のせいで自分が悪く見える」がとりあげられているけど、ほとんどの人はそういうことじゃなくて「なんか薄気味悪い」と感じたんだろう。行動様式が意味不明だから。自分からわざわざ損しにくるとか、なんか怪しいし、アメリカ人が好きな「フェア」にも合致しない。

また、この実験で、「ボーナス点」というのが実際に加算されていたら、反応は違っただろう。その人のおかげでみんなでどーんと得ができたなら次もその人と一緒にやりたい、と思っただろう。


好かれる「利他的」、もしくは社会や組織が求める「利他的」っていうのは、自分からわざわざ損するだけではなくて、こういう経済ゲームであれば、目先の得をあえて取らないことによりみんなでもっと大きな得をとって自分も得をする、という行動様式であるはず。MMORPGでいえばつまんない壁役回復役をあえて引き受けることでみんなが自由に行動できた結果得られる経験値も多くなる、みたいな(ほんとか?)。

こういう実験結果がでたから「利他的は嫌われる」とか思って引っ込んじゃう人は意気地無し。


子供を学校や幼稚園にやる時心がけたい7つのこと

モンスターペアレントのことがまた載ってたので見た。やっぱ子育て中としては気になるところ。
モンスターペアレント実態赤裸々 無理難題と理不尽全18例掲載 : J-CASTニュース

学校や幼稚園、保育園で我が子が被った不利益(と、本人が信じるもの)に対して、イーブン(と、本人が信じ略)になるまで、あるいはそれ以上何かを取り立てようとするとか、取り立てられないならイーブン(と、略)になるまで相手に不利益を被らせようとするとか、そういう事例が18例。

この親たちはとくにわかりやすくばかばかしい例だとは思うんだけどね、根本的なところから表面的なところまで、あちこちおかしいんだと思う。

サービスじゃないけどサービスに喩えてみる

月謝払って子供を預けて、教育とか自分の働く時間とか子供の社会的成熟とかそういうものを得ようとするでしょ。ウチダ先生的に言えば教育の意味はそんなところにあるわけじゃないんだけど、「社会システムの維持のため」に自分の子供を学校に行かせるという親は、まああんまりいないよね。多分。

リスク

子供を多人数で扱うことでいろんなメリットが生まれると同時に、転んで大怪我したりいじめにあったり背の低さが目立ったりというリスクも生まれると考えてみる。リスクを0にしたければ預けるのをやめるしかない。預けなくても子供は転んで怪我するけどね。少なくとも家の中にいる間はいじめには遭わない。

対価

そういうサービスがあって、実は社会システムとしても粒のそろった成人を揃えることにはメリットがあるので公立小学校は月謝無料ですよとなってる。幼稚園とか保育園にしても数万円(千葉県某市高杉ワロタ)。得られると期待されるものに比べるとすごい割安料金。リスクのことを勘案しても、期待値としては「買い」のサービスだろう。子供の社会的成熟とかはプライスレス。

負ける可能性

期待値として大きくプラスであっても、それは絶対マイナスにならない、ということを意味しない。期待してたほど成熟もしないわ、大怪我もするわいじめにも遭うわ、と悲惨な結果になることもあり得る。

心がけること

で、長い前置き終わり。つまり、親としては、得られるものは期待通りに得た上で、負ける確率はできるだけ小さくしたい。

1.気分良く仕事してもらう

幸いなことに、サービス提供側のモチベーションはもともとかなり高い。子供にとって「良いこと」をたくさん提供しようとしてくれている。その足を引っ張るようなマネはしないほうがいい。先生が「良いこと」と信じてやったけど、子供に小さな不都合や不利益が生まれることがあるかもしれない。でもほとんどの場合、それは回復不能な大けがじゃないし、実際「良いこと」である可能性の方が高い。それなら数多く試行してもらうほうがいい。マイナスをなくすんじゃなく、プラスを増やして些細なマイナスを打ち消しちゃうイメージ。

2.ちっさいマイナス分を取り立てない

小さな不都合なら親がフォローすればそれで済むし、かえってそのことが成熟につながったりする。ちょっとぐらい我慢するんだ。学校に同じだけの不利益をおわせるとか誰も得しない。

3.リスク最小化は学校の業務の一つだけどゼロにはならない

子供が大勢いればいじめは必ず起こる。怪我だって必ずする。学校はそういうことができるだけ起こらないようにすでに長年対策してきている。その上に要求ばかり積み上げてゼロを求めるのは不毛なだけだ。あとはそういう痛い目に不幸にも遭ってしまった場合、そこから回復させるのは親の仕事。回復不能な痛い目に遭ってしまった子供さんとその親御さんは、本当に気の毒だけど。

4.お金はちゃんと払う

そもそも対価というにはあまりに安すぎる金額なわけで、それぐらいの月謝とか給食費とかは遅れずに払い込む。こないだ口座の残高確認してなくてすみませんでした。>幼稚園

5.たとえ学校がアホに見えても

自分のほうが能力も人格も素晴らしく我が子の教育にふさわしいと思ったとしても、実際代わりにできないんだからどのみち任せるしかない。

6.マイナスの方が大きいと判断した場合

あまりにもいじめがひどい、荒れまくっている、アホ親だらけ、教員のモチベーションが既に沈没している、などの場合、逃げ出す選択肢をキープしておく。具体的には引っ越せるだけの仕事等の都合と貯金ともうちょっとマシなところを探す伝手。

7つ書かないのが流行らしいのでこのへんで。


老いること

現在34歳、年寄りからは「まだ若い」と言われ、若者からは「おじさん」と言われるぐらいの年齢に、いつのまにかなってる。

なんとなく、2~3~40年後とかにどんな風になっていたいかな、と思った。

いつまでも若々しくいたいか?そうでもない。ちゃんと歳を取っていたい。アンチエイジングっていう往生際の悪い言葉嫌い。抵抗しなくていいじゃん。女性だって、ちゃんと歳を取っていけばいいと思うんだけど。50になってもお肌ツルツル、って、脳みそがツルツルなままだから外側を中身に合わせちゃおうってことかよ!

健康は、そりゃあ健康なほうがいい。病気なんかない方がいいに決まってる。ただ、目も悪くなってくるだろうし、筋肉や関節もどんどんおとろえていくだろうし、そういうのにはたぶん、そんなに抵抗しない。そうはいってもやっぱり病気だって持つだろうし(願わくば入院しない種類のやつであってほしい)、行ける範囲がだんだん狭くなっていって、遠出もしんどいから奥さんと二人で近所を散歩したりする。

奥さんと仲がいいままでいたい。これは本当に。心を預けられる人がいない老人は切ない。老人に限らず、若いうちだって、不仲な夫婦はいろいろとつらそう。子供もつらいし。

簡単ケータイ使いたいか?自分がもし、その時代の普通のケータイについていけないようだったら、高齢者向けに作られたものがあれば、そっちにすればいいじゃんと思う。普通のケータイ難しすぎる、でも簡単ケータイはかっこ悪いから持ちたくない、とかそんなプライドいらない。それを大多数の若い人が普通に使いこなせてるならその足を引っ張るべきじゃないと思う。

自動車メーカーが「若い人向け」のスポーツ的な外見の車を作ると、中高年が食いつくらしい。だからメーカー側も中高年向けの配慮が欠かせないんだとか。そんなことしたら高くなって若者が買えないでしょ。そういう若者の足を引っ張る中高年にはなりたくない。

できれば後に続く若い人に、それまで積み重ねたものの中から何かを残せるようになっていたい。お金は残せるかわからんけど、何かを。

できれば奥さんの葬式を出してから1年後ぐらいにぽっくり突然死にたい。(これが一番難しい)


三歳児神話なんてへんなネーミングつけるから頭が悪い感じになるんだよ

三歳児神話(さんさいじしんわ)とは、子供は三歳頃まで母親自身の手元で育てないとその子供に悪い影響があるという考えを指す。
三歳児神話 - Wikipedia
「三歳児神話は神話にすぎない」とされると、母親と子どもとの間が離れていくことに拍車がかかるのである。これこそが問題だと思う。
「3歳児神話は神話にすぎない」は本当か?

「三歳までは母親の手元で愛情をたっぷりあたえないと子供がおかしくなる」
と主張する向きも、
「手元に置いているかどうかは関係ない。母親の愛情の質さえ正しければ大丈夫」
と主張する向きも、どっちも胡散臭い。だいたいからして、「三歳」っていう区切りからして胡散臭い。

だってこれ単に「専業主婦 vs 共働き主婦&シングルマザー」の女の戦いだもの。「三歳児神話」ってググって、いくつかページを見ても「父親」って言葉がどこにも出てこないのにびっくりするわ。女同士が「科学的」とかいう言葉を振りかざして罵りあっているとき、男はけっして、論争に首をつっこんで「そもそも科学的かどうか…」とか「フィールドワークによる印象なんて科学と呼んでいいのか…」とか、そういうことを言ってはいけない。

「ところで甘いものでもどう?」とか。馬鹿にしてんのかと怒られたら素直に「ごめんなさい」と撤退するのがよいでしょう。


だいたいね(首をつっこむ愚かな男)、「愛情の質」って。「正しい愛情」ってなんやねん。「(笑)」ってつけるぞ。愛情の質(笑)。

愛情の量ならわかるよ。単純に、人数x時間x人ごとに違う謎の定数だ。どうやらやつらは周りの人の愛情を食らって生きてるからね。たらふく食わせるとどんどん何かが育つ。研究とかするまでもない。事実だ。

それを一切与えなかったらどうなるか。どうしても「科学的」にしたいなら実験してみればいいじゃない。あ、うちの子は使わないでね。そんなもんの科学なんて興味ないんだから。


共働きの方やシングルマザーの方は時間のハンデがある分、一生懸命頑張っておられるわけで、むしろハンデがある事実をちゃんとうけとめて、変な科学に安心して目をつぶるんでなく、埋め合わせするために考えてる人はたくさんいて、僕はそういう方々こそ立派だと思う。実家の両親を加えて人数を増やすとかは一番手っ取り早く量をかせげるしいい方法だよね。

あ、「おなかを痛めて生んだ母親の愛情だけが特別」とかの与太は無視の方向で。父親もいれてくれ。いや、そうじゃなくて(それもあるけど)、血がつながってる/つながってないことによる微妙な差はありそうだけどたぶん、誰でもよさそうだよ。


つまりね、

比べることもしないで
(中略)
その花を咲かせることだけに一生懸命になればいい

ってことなんです。


「森ガール」ってなんだろうと思ってGoogle先生に聞いてみたんだ

森林民族
画像検索結果

もちろん自分なりに検索ワードに工夫を入れたことは言うまでもない。

工夫しなかった検索結果はこちら


オリジナリティとか自分勝手とか

内田センセイのブログはだいぶ長いこと読んでるので「おぉ」と思うことは少なくなってきたのだけど、今日「あ。ほんとだ。」と思ったので記録。

つねづね申し上げていることだが、他人を出し抜いて利己的にふるまうことで自己利益を得ている人間は、そういうことをするのは「自分だけ」で他人はできるだけ遵法的にふるまってほしいと願っている。
高速道路が渋滞しているときに路肩を走るドライバーや、みんなが一列に並んで順番を待っているときに後ろから横入りする人は「そんなことをするのが自分だけ」であるときにもっとも多くの利益を得、「みんなが自分のようにふるまう」ときにアドバンテージを失うからである。
だから、彼らは「この世に自分のような人間ができるだけいないこと」を願うようになる。 論理的には必ずそうなる。

その「呪い」はまっすぐ自分に向かう。 「私のような人間はこの世にいてはならない」という自分自身に対する呪いからはどんな人間も逃れることはできない。
甲野先生の最後の授業 (内田樹の研究室)
ここまでは、承知済み。で、続きが
「オリジナリティ」とか「知的所有権」とか「自分探しの旅」とかいうのはそういうイデオロギーの副産物である。
けれども、「オリジナルであること」に過大な意味を賦与する人たちは、そのようにして「私のような人間はこの世にできるだけいない方がいい」という呪いを自分自身かけているのである。
甲野先生の最後の授業 (内田樹の研究室)
あ!ほんとだ。なるほど。

オリジナリティとかユニークネスというのは僕の中では学生の頃からずっと気にかかっていることで、今までのところ

・経済的な価値が生じるほどのもの凄いユニークネスを、みんなが求める/みんなに求めさせるって。
・インターネット検索によって自分のオリジナリティの無さに絶望する年齢が飛躍的に早くなってしまった
・自分だけが持っているような価値を探す旅は、そんなものはどこにも存在しないことを腹の底から理解するという効果があるからやりたいならやればいいと思う。ただし絶望を回避できるように狭い範囲をちょろっと巡るだけだったら無駄だからやめたらいい
・それでもついつい気を抜くと「俺ってちょっと特別じゃね?」という方向に逃げたくなる

というようなことを考えてたけど、高速道路の路肩を走る利己的な動機と同じなんだというのは気づいてなかった。そうか。

で、さらに続く。
「私のような人間ばかりの世界」で暮らしても「平気」であるように、できれば「そうであったらたいへん快適」であるように自己形成すること、それが「倫理」の究極的な要請だと私は思う。
「世界が私のような人間ばかりだったらいいな」というのが人間が自分自身に与えることのできる最大の祝福である。
でも、これはむずかしい課題である。
ふつうの人は「世界が私のような人間ばかりだったら」気が狂ってしまう。 他者のいない世界に人間は耐えられないからである。
甲野先生の最後の授業 (内田樹の研究室)
逆をとれば当然そういうことになる。ふつうは耐えられないよね。ふつうは。

で、ふつうじゃないのがスガシカオだよねー。
世界中の人が全部もし僕だったら
世界中の神が全部もし僕だったら
そんな素晴らしいことってちょっとない気しない?
いやいやいやいや。素晴らしくねえよ!

と、まあこの歌詞初めてきいたときは戦慄したもんだけど内田センセイのブログと合わせて読んでみると、そうか、スガシカオひょっとして深いんじゃない?
でもちょっと待って ぼくって自分をそんな愛せるかな?
ていうかめんどくさいし かなりムリかも

遠い南の島に楽園を もし僕がつくるとしたら
大嫌いなあいつとか連れて行ったほうがいいのかもね
そうか、やっぱりそういうことなのか、内田センセイとスガシカオセンセイ!


イケダンの隣に、私がいる!

コンビニの雑誌棚でちらっと見かけて、なんじゃそらと思ったVERY今月号の特集。

イケダンの隣に、私がいる!
のけぞるわ。思わずフォント大きくなっちゃった。VERYって雑誌、女性購読者数ナンバー1らしいっすよ。へー!

そして思わず検索しちゃった。「イケダン」ってw
イケダンとは・・ 仕事をバリバリこなしながら、家庭を大切にしているイケてる旦那のこと。
仕事をバリバリこなしながらも家族をおろそかにせず、妻や子供を大切にしている旦那様。忙しい時間の合間に、妻の手助けを惜しみなくしている男性
いや・・・なんていうか・・・家庭を大切にしてるつもりではあるけども。妻の側から見て「手助けを惜しみなく」に見えるっていったいどんだけ。

で、雑誌で取り上げられてる実例のダンナ様たちは暗黙の了解として
その上もちろん顔もスタイルもファッションセンスもいい
その上もちろん収入もいい
という完璧超人が並ぶことが想像される(当たってるよね)。


い、いや、イケダンが面白すぎてそっちの話になってしまったけど、違うんだよ。今日書きたいと思ったのはそっちじゃなくて。
の隣に、私がいる!
こっち。

って、そこまでして「私」かよ!

どんだけ「私」大好きだよ!

VERYとかの読者層って30代とかで、つまり、団塊ジュニアであり人数がいっぱいいて儲かるカタマリであるわけだよね。ananと同じあたり?よくわからない。

でも、えーかげんもう同じような話ばっかりで飽きないのかな。うちの奥さんとかはもう飽きちゃってというか最初からそこに行ってないわけだけども。もう何年やってるんだろう。
・気持ちいい私が~~
・私のキレイ!を~~
・自分コンシャス~~
・私を自由にしてくれる男ゲット!
傾向としては昔はもっと「男、オトコ」言ってたのが「私、ワタシ」言うようになってるのかな。オトコはワタシの価値を高めるアイテムとしての位置づけが強まったというか。でも基本は大して変わってないよね。ほんとはみんな飽きてるんじゃないの?


それでもそんなにたくさんの人たちが買ってるのは、お約束にへらへら笑いながら「ハイハイ」って読んでるのかな。それとも「うんうん、やっぱりイケダンよね!」「自分磨きよね!」って読んでるのかな。

「イケダン」で検索してヒットしたブログをいくつか見てみたけど、商品とかサービスの宣伝用アフィブログ以外は、冷めたテンションに見える。



そんなことを考えていたら、同世代の女性たちの価値観と、男性たちの価値観は、どっちのほうがより統制されてるんだろう、なんてことも考えてしまう。女性たちにはVERYとかananとかの雑誌という統制圧力がかかっているけど、男性たちには経済状況の圧力が女性より強くかかっている。どっちも数が多い割にみんな似たり寄ったりというか、扱いやすそうというか、羊の群れというか。そんな印象がある。どうなんだろう。


理系の人々

理系のみなさんに大人気の理系の人々こちらに移転したそうですね。
思い当たるコトがありすぎて困る漫画なので目が離せません。大好きです。

ところで最近我が家では奥さんがなぜかFinal Fantasy Xをやり直しています。

(やりながら)
「うちの薔薇子(娘の仮名)をインフルエンザのワクチン打たせようと思ってmixiの『子供を持つ母親の・・・』系のコミュで調べてたら、ひどいんだよ」
「どしたの」
「『心配だわー』って愚痴ばっか垂れ流してる母親たちの中で、正しい情報を伝えてくれてる男の人がなんか集中攻撃されてる」
「あー理系の人ってそうなっちゃうんだよねー(憶えあるわー)」
「あたしは正しい事を言ってる人が悪く言われるのは納得できない!」
「でもいつだってモテるのは正しい事言う理系男子じゃなくて『うんうんそうだよねー』って同意する文系男子なんだ」
「ええかげん子持ちなのにモテから離れられない女が嫌いだ!」
「ところで今なんでリュックのS.LVを1だけ残したの?あと1進めればHP+200取れるのに」
「え、だって2マス進めてから取らないともったいない」
「いや別に今1マス進めてHP+200取っても後で2マス進めて取っても変わんないよね、今すぐ取っても何も損しないよ?」
「変わんないなら残しといたっていいじゃん」
「早くとっとけばそれだけ早く死ににくくなるじゃん」
「・・・うるさい!ウザい!あっちいけ!」

正しい事を言ってウザがられる理系の人々。


現状を変える意志

イケてない現状を変えるには。

とりあえず「なんだこのダメな状態は!」って叫んでみる。

叫んだ時点で周りから自分自身への信頼度がある閾値を超えているなら、「どうしたらいい?」と頼られ、権限が委譲される。そっから実際にイケてる状態までもっていくにはまたたくさんの血と汗と涙が混じり合って池となり結晶したり空と~ぉ~君と~の~あ~いだ~にはぁ~(間違い)

で、それはまだ楽な話。

「なんだこのダメな状態は!」って叫んだ時「うるせーこのダメ人間」と罵られたり「そうだねーでもどうしようもないんだよねー」とテンション低ーかったりするのはまだ信頼度のパラメータが足りなくてフラグが立っていない状態。

ここで叫び続けるのは下策。

叫び続けたところで、ウザがられて、「んなに言うならやってみなよ」とめんどくさそうな顔で言われて、「まかせとけ!」かなんか言っちゃって、頑張ってみたものの、悪い現状に陥るにはそれなりのみんなの積み重ねってものがあるんであって、それを一人で覆すのは、天才君なら出来るけど凡才君の多少のがんばり程度ではどうしようもなくて。

自分が天才君だと勘違いしてしまってるのが最大の間違いなんだけど、
「俺がこんなに頑張ってるのに周りがついてこない」
とmixiに書き込んでマイミクのひとたちに「うんわかるー」とか言われて、

やーい負け犬ー。(あっ言っちゃった)

やっぱり多大なエネルギー量を必要とすることを凡才君がやろうとするには、
・自分が凡才だと認める
・時間をかけてエネルギーをためて一気にドカン
・周りの人の元気もオラに分けてもらう
そういうことが必要なんだと思う。

このうち、自分が凡才だと認めるのが難しいって人は、まあ頑張って強く生きてもらうとして、時間をかけてエネルギーをためるのは結構難しい。

たいていの場合、自分にも仕事とかあるわけで、現状を変えるための準備どころか、イケてない現状に巻き込まれてよけいに疲れちゃったりして難しいけど、そこは何とか知恵を使う。上手いこと言い訳して内職するとか、体調不良で休んどいて家で準備するとか。大事なことのために、大事じゃないことは犠牲にして爪を研ぐんだ。

そして、チャンスを待つ。イケてない現状のせいでみんなが痛い目に遭うのを待つ。みんなが「くそーこんなダメな現状だからつらくてしょうがない!」って思うのを待つ。

そして、かねてからの準備を解き放つ。解き放ち方も気を遣う。みんなに元気を分けてもらわないと一人じゃムリだから!
「くそーこんなダメな現状だからつらくてしょうがない!」
「はーっはっはっはっ、こんなこともあろうかと、俺様が現状を根こそぎ改革するために準備しておいたのだ!」
「…さぼってやがったのかこの屑が」
こうじゃなくて。

「くそーこんなダメな現状だからつらくてしょうがない!」
「ほんとだよね!…もしかして、こうやれば良くならないか?」
「そらそうかも知れないけど余力がない…」
「俺ちょっと頑張ってみる!みんなのために!」
(2日後)(しれっと)「試しに途中までやってみた。」
「おお、これは!…もしかして、イケるかも!?すげえ!たったの2日で!」
「でもここからはみんなの協力が必要だ!みんな!オラに元気をわけてくれ!」
こんな感じで。ちょっと天才君のふりができるけど勘違いはしない。

で、ようやっと血と汗と涙やらよだれやら糞尿やらが混じり合って風の中のす~ばる~砂の中のぎ~んが~というアツい物語が始まる。

一度実績ができると次回からみんながもっと協力的になってくれるかも。そこでもっと酷いことになったらもう誰も話し聞いてくれないかも。


でも、ま、そんなん面倒だから黙ってるのがラクかもね。



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