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プログラマーになりたい学生さんに学んでおいてほしいTop7

僕は今39歳で、大学1年のときになんとなく学校のX-Window端末でWindows 95発売前のインターネット(Mosaicとかchimeraとかいうブラウザでなー)に出会って以降、なんやかんやでずっとコンピュータ触ってきて今もプログラマの仕事してます。めっちゃ楽でもないけど、それほどブラックじゃない感じで妻子を養って生活してますよ。

自分の経験と、会社に入ってくる若い人に色々教えたりする経験を総合的に考えて、プログラマになりたい中高生、大学生に学校でたっぷり時間使って学べるうちに学んでおいたらいいことがあるので書いてみます。

最初に:プログラマってピンからキリまですごい差があるんよね


本当によく言われることですが、プログラマの能力によって、生産性は10倍とも100倍とも言われます。これは一面では嘘ですが一面では本当です。

誰が書いても大して変わりないプログラムを作る場合、上等なプログラマでも下手なプログラマでも、出来上がる時間はそんなに変わりません。せいぜい1.5倍〜5倍ぐらい(!)の差です。

世の中のプログラマが書いてるプログラムの何%〜何十%は、そういうプログラムです。Webアプリでいったら所詮はRDBにデータ登録して表示するだけみたいなのがもう山ほどあって、そんなのは細かい出来の差はあれど、基本的には誰でも作れます。

しかし、下手なプログラマではいくら時間があっても出来ないが、上等なプログラマなら1週間とか数日で出来てしまうようなプログラムもあります。この場合の生産性の差は無限倍ということになります(数学的にアレな表現)。

たとえばiPhoneが登場してiOSアプリが求められるようになった直後は、上等なプログラマじゃないと複雑なアプリが作れませんでした。それからしばらく時間が経って、開発ツールがこなれてきて、Web上の情報が出揃ってくると、徐々に、下手なプログラマでもそこそこのアプリが作れるようになるため、「誰でも作れる」プログラムの割合が増えました。まだまだ過渡期ですが。

また、たとえば大量に存在するテキストファイルの中から任意の単語を含むものを高速に検索するという要件があって、そういうことをするプログラムを作るのは一握りの上等なプログラマにしかできませんでした。世の中にそれを求める人が多いことがわかったので、たくさんの上等なプログラマがアプリケーションやライブラリを用意してくれて、今では下手なプログラマでもそれを利用してなんとかかんとか仕事をこなせています。

この現実に対して、賢いつもりで「なるほど、要するにそんなに頑張って上等なプログラマにならなくても、少し待ってればなんとかなるんだから頑張る必要なんかないね」と考えてしまうのもある意味真実ですが、そっちの道はブラックとか、IT土方とか、そういうのに近づく可能性が高い方向性です。

一方、「頑張って上等なプログラマになれば時節にかかわらず常に必要とされて、クリエイティブな仕事ができるってことだね」と考えるのは、ある程度金銭的に恵まれる可能性が高い方向性です。

なぜなら、大きな傾向としては、高い報酬は希少な能力に対して支払われるからです。ぶっちゃけ、だれでも出来る仕事は安いのです。下手な(安い)プログラマの需要もそれなりにあるので、食いっぱぐれずにはいられるとは思いますが。

そんなわけで前置きが長くなりましたが、できたら上等なほうになりたい学生さんに、そこそこ上等なほうじゃないかと勝手に思い上がっている僕が勝手におすすめする「学生のうちにできること」Top7の発表です!

1位:英語


英語大事だわー。だいたいからして全てのプログラミング言語は英語ベースだし(ぴゅう太とかなでしことか言うなややこしいから)。ちょっとわけわからんエラー出た時は結局QiitaよりStack Overflowが頼りになるし。もっとわからんときでもソース読んだらなんとかなるし。

別にTOEIC800点必要とかそんな難しい話じゃないです。簡単な文章をスラスラ読める必要があるってことです。そんな難しい文法は出てこないし、ある程度慣れたら大体一定の単語しか出てこないし。中学から大学まで、学校で習う程度のことを真面目にこなしとけばいいってだけです。

おかしいなー、なんであんなにも英語読めないんだろう…。「なんかエラーになりました」じゃなくて、すぐ目の前の画面にエラーメッセージ書いてあるやん!英語見た瞬間に見なかったことにするみたいなのダメ、ゼッタイ。

2位:数学


プログラマに数学は必要ある、ないという議論がありますが、数学の点数取れてる人のほうがプログラマに向いてると思います。微分積分が常に必要ってわけじゃないです(機械学習を自分で実装とか言うときはガチで必要です)。でも文字をたくさん使ったような数式にアレルギーが出るようだと必要な勉強ができないです。
目的関数
f(x) = cTx,  c:n×1, x:n×1   (1)
を、制約条件
Ax ≦ b,  A:m×n,x:n×1,b:m×1   (2)
のもとで最大にする
とか言われて「うえぇぇ」ってなってるようだと線形計画法の教科書も読めない。

あと、数学の証明問題を解く手順は難しいプログラムを書く手順と似ています。抽象化、具象化の考え方もプログラミングに大いに関係があります。数列の一般解を求めるみたいな問題はプログラミングそのものです。また、ゲーム会社で「上等な」プログラマになりたいなら線形代数や幾何学なんかはそのまま必須でしょう。

結局数学は全部つながってるので、中学高校のうちから真面目に勉強しといて損はないです。

3位:国語


プログラミングは文章みたいなものだ、という人は多いです。文章を書くセンス、読み解くセンスは結構大事です。

長い文章を構成するときと、長いプログラムを書くときで、使う脳の部位は似ています。

あとどの職業でも同じですが、特にプログラマの場合、相手にとってわけのわからんものを何とかして説明するという機会が多いです。そのときに日本語の運用能力が高くないといたずらに時間ばかりかかります。

お客さんや上司が、誰にでもわかりやすい文章で求めるものを説明してくれるとは限りません。難解な文章を読み解く力もあったほうがいいです。

誰かに助けを求めるにも、まず自分の状況を説明するための論理的な文章を作らないといけません。文章大事。

4位:人づきあい


プログラマはコンピュータに言うことを聞かせる職業ですが、一人では仕事できません。プログラムは本質的に誰か人間のためのものである以上、お客さんなり、同僚なり、誰とも知らないユーザーなり、必ず他の人間と関わります。

他人と関わったときに不快感を与える人よりは、機嫌よくさせられる人のほうが必要とされるし、必要とされれば成長もするわけです。プログラマに限ったことではありませんが。

5位:プログラミング


プログラマになりたいならプログラムを書けばいい。当たり前ですね。ただ、授業で習う程度のことは会社の新人研修であっという間にカバーされてしまうので…。学校で習う以外で、興味の赴くままに、何かを作りまくるのはとても有効です。え、それほど興味ない?じゃあプログラマになろうと思わなければいいよね。

自分で作ったものを発表するというのをたくさんやるというのは、上等なプログラマに至る一つの大きな方法です。やっぱり人に見せるとなったら緊張感が違うので。また上手く行けば上に書いたようなことを全部すっ飛ばしてオンリーワンになれるかもしれない。

ただ「これはいいぞ!」と思って作っても世の中的にはそうでもない、となる可能性は高いわけで、それだけで一発当てるのを目標にしなくてもいいかなとは思います。

6位:美術、デザイン


プログラムは人間のためのものです。それも、非プログラマのためのものがほとんどです。ユーザーインターフェイスにはデザインが必要です。デザインは実はかなりの割合が理屈で構成されています。色の理屈、形の理屈。

今のところ、プログラマとデザイナは別の職業です。しかし、両者の組み合わせで一つの製品を作るという機会がとても多いので、とても綿密に協力しあわなければいけません。その時、デザイナの使う理屈がわからないとうまく協力できません。

社会に出てから独学するよりは、大学の自由選択科目とかで何単位かとっておくと、結構効きます。

7位:何らかの得意分野


最初に書いたとおり、だれでも出来る仕事は安いです。逆に、出来る人が少ない仕事は高くなる可能性があります(必ず高いとは限らないけど)。

スーパー難しいプログラムは確かに出来る人が少ないですが、それ以外にも出来る人が少ない仕事があります。それはコンピュータ以外の知識との組み合わせです。

たとえば大学の心理学の研究にコンピュータを使いたい先生がいた場合、できれば心理学がきちんとわかるプログラマに作って欲しいと思うわけです。

僕は大学時代に熱力学やら燃料電池やらの専門でしたが、熱力学がちゃんとわかるプログラマって少ないので、たまたまそういう仕事に当たった時はとても有難がられてその後もずっとご指名状態です。

真面目に専門分野に打ち込むことは無駄にならないと思います。


以上です。あー長かった。


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テーマ:プログラミング - ジャンル:コンピュータ

ごちゃごちゃいわずに選挙いけ!

選挙行ってもしょうがないとか入れる人がいないとか、そんな賢いふりして選挙行かない若い連中はあれだ、町内会対抗の綱引き大会でなんか一人賢いような気になっちゃって「自分一人行ったって大した力にならないし」とかいって参加しないようなもんだ。

で、結局そんな連中がいっぱいいるから大会の日に人数少なくて、隣町の人たちは特に何も考えてないけど「綱引き大会だから行くべ−」って全員参加したもんだから勝負にもならず惨敗。

んで、実はその綱引きの勝者が地方自治体の補助金から出る飲み代が多く割り振られるようになってたりとかするんだけど、それは伏せられてるので不参加の人はずっと気づかないの。全員参加した隣町の人たちは「いやあいい酒が飲めたなあ、また次回も頑張るべ」って。

どっちが賢いのかね!?

どう考えてもこっち町の不参加の連中が救いようもなく阿呆だよね!


いま日本全体で綱引きが行われてるのは自民党vs民主党なんかじゃなくて、老人vs現役世代で、老人はそれはまあいい目を見続けているというのに、それに気づきもしない若い人たちは本当に本当に阿呆だよね!
「私たちが選挙に行かない理由」……乙武さんの呼びかけでネット上で大激論(RBB TODAY) - 政治 - livedoor ニュース


家族のイメージ

子育ては大変だ。まだ上の子が5歳だから5面クリア以降の難易度は知らないけど、とりあえずここまででわかったことがある。

子供の人数が何人でも、大人は二人じゃ少ない。

頑張ってもどうにも生活できないとかそういうレベルではないけれど、経済的にも時間的にも余裕を持って、つまり、いつも機嫌良く、幸せな家庭で子供がのびのびと育つ、というレベルにするには大人は二人+αいたほうがいい。

例えば子供がダメなことをしたときに大人が「こらっ!」と怒る、そのすぐ後に別の大人がやさしく諭す、二人いればそういうコンビネーションが使える。一人だと怒った直後にやさしく諭すとか無理なのでお互いに何かがわだかまってしまう。

子供は常になにかしら大人にとってダメなことをしようとする。危ないことだったり、行儀の悪いことだったり、迷惑なことだったりする。

何がダメかはそれぞれの親が定義する。ある人のダメな基準は他の人にとっては「そんなことを禁じるのは大人のエゴだ」と言うようなこともあるかもしれないけど、それは全然悪い事じゃないので気にしない。

またその定義はそのときの気分によっても揺れる。確固たる定義を守り続けられるほど人間強くない。疲れてグダってるときに同じ部屋で椅子を素早く上ったり降りたりする訓練を3分ほど続けられたら「うるさい!あっちでやれ!」となる。

そんなとき、そこまで疲れてない大人がもう一人いれば、「疲れて休んでる人は休ませてあげなきゃいけないよ、あっちで一緒に遊ぼう」とやることができる。子供の不満を解消しつつ人への気遣いを教える機会にもなる。

爺婆と同居していたり、ご近所さんとしょっちゅう行き来してたり、いろんなつながりがあれば常にそういうコンビネーションを使うことができる。本当に両親二人だけしかいないと、常に同じメンツでコンビネーションし続けることになるけどそんなの無理なので、どうしても一人で対応する時間が多くなってしまう。それはとても辛くてついつい機嫌が悪くなってしまう苦行だ。だから+αが必要。

子供時代に「幸せな家庭」をたっぷり味わわなかった人は成人してから自分が家庭を持とうとする性向が弱くなるのじゃないか。親になってから子供に対して、自分が与えてもらったように与えよう、と思えないとしたら、子供を持ちたいと願わなくなるのじゃないか。父親が平日は家にいなくて休日は粗大ゴミのように邪険に扱われる家庭で育った子供は将来自分が父親になろうとは願わないのじゃないか。

つまり、核家族化を急激に進行させつつ、父親は家庭内に不在で母親だけで子育てをしてしまった団塊の世代は罪が重いのじゃないか。

実際、50代、60代の男性の単身世帯数の推移を見ると、'85年~'05年の20年間で4~5倍に増加しています。このままいけば2030年に50代、60代男性のおおむね4人に1人が一人暮らしとなるとみられています。これから『単身急増社会』が本格化していくのです」

 単身世帯が増えているのには、次のような理由がある。

●非正規雇用で収入が不安定なため、結婚できない
●パラサイトシングルで、親の収入にすがって生きているので自立できない
●大黒柱である父親が失職したことによって、家庭が崩壊する
この国はいったいどうなってしまうのか未婚率と離婚率が急上昇 2030年みーんな一人暮らし日本から家族が消えてなくなる   | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]


老いること

現在34歳、年寄りからは「まだ若い」と言われ、若者からは「おじさん」と言われるぐらいの年齢に、いつのまにかなってる。

なんとなく、2~3~40年後とかにどんな風になっていたいかな、と思った。

いつまでも若々しくいたいか?そうでもない。ちゃんと歳を取っていたい。アンチエイジングっていう往生際の悪い言葉嫌い。抵抗しなくていいじゃん。女性だって、ちゃんと歳を取っていけばいいと思うんだけど。50になってもお肌ツルツル、って、脳みそがツルツルなままだから外側を中身に合わせちゃおうってことかよ!

健康は、そりゃあ健康なほうがいい。病気なんかない方がいいに決まってる。ただ、目も悪くなってくるだろうし、筋肉や関節もどんどんおとろえていくだろうし、そういうのにはたぶん、そんなに抵抗しない。そうはいってもやっぱり病気だって持つだろうし(願わくば入院しない種類のやつであってほしい)、行ける範囲がだんだん狭くなっていって、遠出もしんどいから奥さんと二人で近所を散歩したりする。

奥さんと仲がいいままでいたい。これは本当に。心を預けられる人がいない老人は切ない。老人に限らず、若いうちだって、不仲な夫婦はいろいろとつらそう。子供もつらいし。

簡単ケータイ使いたいか?自分がもし、その時代の普通のケータイについていけないようだったら、高齢者向けに作られたものがあれば、そっちにすればいいじゃんと思う。普通のケータイ難しすぎる、でも簡単ケータイはかっこ悪いから持ちたくない、とかそんなプライドいらない。それを大多数の若い人が普通に使いこなせてるならその足を引っ張るべきじゃないと思う。

自動車メーカーが「若い人向け」のスポーツ的な外見の車を作ると、中高年が食いつくらしい。だからメーカー側も中高年向けの配慮が欠かせないんだとか。そんなことしたら高くなって若者が買えないでしょ。そういう若者の足を引っ張る中高年にはなりたくない。

できれば後に続く若い人に、それまで積み重ねたものの中から何かを残せるようになっていたい。お金は残せるかわからんけど、何かを。

できれば奥さんの葬式を出してから1年後ぐらいにぽっくり突然死にたい。(これが一番難しい)


ラクしたい

J-CASTニュース : 20代女性に強まる「専業主婦願望」 理由は「働きたくない」「ラクしたい」

うん、引用をどこからするか迷ったけど、最後の大学の先生のお言葉を。

家族社会学が専門の山田昌弘中央大学教授は、
「今の若い世代は『ラク』がキーワード。社会に出て活躍することにさほど希望が持てない追い込まれた状況下で、専業主婦に夢を見いだしているのでは」
と日経新聞(05年5月10日)でコメントしている。
新聞に載ってたコメントだから恣意的にゆがめられてる可能性はかなり高いんと思った方がいいけどねー。

この先生なのか、コメントを編集し直した記者さんなのか、その両方なのか、「ラクを求める」姿勢に苦々しく思ってる雰囲気がにじんでるように読める。

でも、「ラクをする」って良いことだと思うんだよ。ラクをしている中で、余裕があって、初めて「もっと良くしよう」って思えるんだから。

ウチの奥さんも専業主婦で、そりゃあ共働きで子育てしてる人よりはずっとラクが出来てて、そのおかげで料理のレパートリーが広く深くなってなんだかもう僕の手の届かないところまで行っちゃってたり、愛情がたっぷり必要な時期の子供に、いいと思ったことをやれてたりする。
いや、まあそりゃ、時間の制限は緩くてもお金の制限はちょっときついから(ごめん)、なんでもできるってわけでもないんだけど。

仕事だって、余裕があればもっとマシな「better」を提供できるかもしれないのに、「must」だけしかやってない仕事なんてやる方もやられる方も楽しくない。

余裕があったら必ずbetterを求めるかどうか、は、そりゃわからない。そうじゃない人もいるでしょう。でも余裕がない状態だったらbetterはどんどん切り捨てられる。これはもうわかってる確実なこと。

夫が頑張ることで奥さんに余裕が持たせられるんなら頑張ればいいんじゃないかな。そこで「better」がまるで生まれないとか、生まれた「better」が全部奥さんに浪費されてしまってるように感じたとしたら、それは選び方を失敗したってことじゃないかな。


自分みたいに。

技術者を育てることと子どもを育てることは違うけどちょっと似てる。

とくに、教える側の心理が似てる。
・自分は真っ当な(技術者|大人)だと思う。
・自分のようになれと思う。
・「あいつみたいになるんじゃないよ」と思う。
・自分が今いる場所はよくわかるけれど、自分が通ってきた道は忘れているので、今いる場所への直線距離を通らない教え子がもどかしい。

ただ、子どもを育てるときは、自分も昔やってたんだから人のこと言えないってわかってても、「莫迦なことをするな」と言わなきゃいけないと思う。

ならぬことはならぬことです。って。

どうせ直線距離を引っ張ったってその通りに来ることなんかないから大丈夫。親の言ったとおりになる子どもなんていない。


U35

とにかく人数が多いというので常にマーケティングのターゲットにされ続ける運命にある僕たち第2次ベビーブーマー。
U35男子マーケティング図鑑(日経ビジネス オンライン)

タイトルで「マーケティング」と装いながら、オジサンたちがこういうイマドキの若者と上手につきあうためには、という処方箋の形を、装いながら、オモシロ可笑しく僕たちの世代としての特徴を分析する。

こういうのはちょっと視野が広がったような気がして興味深い。
こういうのがないと、自分や周りの人がそういう性質だなあと思っていても、それは世代の特徴なのか、地域の特徴なのか、職種の特徴なのか、たまたま類が友を呼んでるだけなのか、わからないから。
そういうところがわからないと、過度な一般化をして見当違いのところで「一般化メタ化抽象化オレ賢い」と自己満足にふけることになる。


もちろんみんなが全項目にあてはまるはずなんかないので、自分はどれかなーと読んでいく。

あてはまる


ベンチャー男子:…言い訳きかん…
草食男子:たしかに。そういうとこある。
ロハス男子:財力が伴ってないけど、嗜好としてはそっち方面。
ツンデレ男子:はい。
マルチ男子:はい。なんでもできます。うそ。でもいろいろ。
ツッコミ男子:ヤリスギで鬱陶しい奴を嫌いながら気づけば自分もツッコミ側になろうとしているという。

あてはまらない


リスペクト男子:でもたしかに多い
お買い物男子:多いみたいだけど僕の周りにはないタイプ。
ちょいワル男子:メトロセクシャルってやつか。
オカン男子:そういうオカンが多いのは知ってる。
つながり男子:レストランで席についてまずケータイをテーブル上にセットする人たちね。

そしてなによりも、その根底にある
「自分大好き」
という性質は自分と、周りの人たちに共通しているように思える。

大好きな自分がカッコ悪くなっちゃう状況を出来るだけ避けようとするからいつまでも恋愛できず。自分が大好きで自分の能力を心から信じてるから簡単に転職したり独立したりできる。自分が大好きだから自分より優れたものに対して従順。戦って負けるのは耐えられない。

まあ、僕の場合自分より優れたものなんて滅多に会わないけどな(自分大好き)


でもこれらのいろんな性質をぼんやりと眺めてみると、なんのことはない、親世代の反対行ってるだけなんだよね。成長成長言いながらムリもいっぱいして、良く言えば向上心と批判精神にあふれてて、家庭を顧みず、地域を捨てて東京へ集まった世代。

身近にわかりやすい反面教師が存在するとき、その反対に進んだ人は自己肯定の度合いが強くなるんじゃないだろうか。そっちの方向が正解だったのかどうかは、あと30年もすればわかるんだろう。気長にいこう。


味わい深いグラフ

味わい深いグラフ
2006年現在の人口統計グラフをじーっと見ていると、第一次ベビーブームのちょうど28年後ぐらいが子どもたちが第二次ベビーブームなんだけど、そのまた30年後ぐらいのところに人口の山ができる兆しすらないっていうのにびっくりする。ちょっとぐらい盛り上がってても良さそうなものなのにね!

そしてここ10年ぐらいは生まれてくる赤ちゃんの数が減ってないけど、今のままだと、つまり夫婦にとって3人以上の子どもを作る経済的、社会的な動機がなにもないままなら、あと10年もして第二次ベビーブーム世代が出産できなくなるとともにまた赤ちゃんの数は減っていくんだろう。あとは減る一方か。


第二次ベビーブーム以降、なぜか男のほうが多いのはどういうことだろう。それより上の世代はだいたい同じぐらいなのに。(第1次ベビーブームより前の世代は戦争で男が死んじゃってるとかで女が多い)


そういえば1966年は丙午で子どもが少なかったのだけど、次の丙午は2026年。どうなるんだろう。


全共闘世代、団塊の世代の男性のみなさんは、「自分たちはいつも一生懸命やってきた、悪いこともしていない、おかげで日本は、家庭は良くなった」と無邪気に言うけれど、日本の高度経済成長の時期って、どっちかというとその世代はただの兵隊で、本当に偉大だったのは、その量が多くてアジテーションに乗せられやすい単純な人力を自在に使いこなしてデッカい夢を実現していった明治、大正生まれの創業者たちだったんじゃないのかな。豊田喜一郎、本田宗一郎、松下幸之助などなど。

そして団塊の世代は偉い人たちにぐいぐい引っ張られながら家庭を顧みず、「オレ偉い」と無邪気に信じて走り続けた結果、熟年離婚…切ない。


第一次と第二次のベビーブームに挟まれた世代…上の世代の無邪気さを羨み、よーしオレも戦うんだと思ったらあっさり上の世代が転向しちゃっててがっかり。

みんなで輪になってと思っても人数が少ないからばらけがちで、仕方なく個人主義になっていけば新人類とかいって上の世代から変な目で見られ、中年になってみれば適応力が落ちてきたところにITだインターネットだと突き上げられ、下の世代の理解不能な連中となんとか折り合いをつけなきゃならず、気づけば子育て失敗世代に。校内暴力とかキレる17歳とか流行った時期があったねえ。


第二次ベビーブームの僕たちの世代…どうも人口が多いと無邪気になるのか、またもや適当で無反省な世代。しかしどうも結婚したり子供を産んだりする気がおきないのはなんだか人嫌いだから。

また、親の世代が家庭を崩壊させてるのを見ているから、家庭は大事にしようと考える。仕事より家庭。そんなにあくせく働いてなんになるのさ。面倒なことは自分以外の誰かがやるべき。

それから責任の所在はきちんとしないといかんですよ。もちろん自分には責任はありませんよ。学校が悪いんです。行政が悪いんです。そして多くを求められすぎた学校教育は崩壊していく。



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